美郷町サテライトオフィス 第一期

用 途 :サテライトオフィス
敷 地 :島根県邑智郡美郷町
構 造 :木造
改修範囲 :325.2㎡
敷地面積 :911.4㎡
竣 工 :2021年6月(1階部分)
構 造 :井上健一構造設計事務所
設 備 :武井設備研究所
写 真 :野津研一
施 工 :彦田工務店

島根県邑智郡美郷町の旧町役場として建てられた和洋折衷式の建物を、サテライトオフィスへと改修する設計プロポーザルが開かれた。STUDIO YYの案が最優秀案として選ばれ、事務所初の公共物件の受注に漕ぎ着けることができた。建物は昭和3年に町役場として建てられ使用された後に縫製工場として転用され、増改築を繰り返し使用された後に数十年放置された状態であった。屋根のトタンは錆び、外壁は剥がれ、庇は崩れ落ちており、大きな地震が起きればいつ倒壊してもおかしくないぐらい建物内外の損傷が激しい状態だった。美郷町は名前の通り、雄大で穏やかな流れの江の川を中心に、四季折々の美しい表情を見せてくれる山々に囲まれた美しい町なのだが、この場所だけが時が止まったような、町の中にすっぽりと穴が空いたような異様な雰囲気を醸し出していた。困難な状況で設計を進める上で我々が注意したのは、「時を繋ぐ」、「人を繋ぐ」、「緩さ」の3点である。

時を繋ぐ

この場所の記憶を留め次の世代に受け継ぐ為に、建物の外観は当時の姿を極力保存・再生するように改修を試みた。焼杉の外壁や木製窓や窓枠は一旦全て取り外し、一つ一つ部材を精査し、再利用できそうな部材は丁寧に補修を加えて元に位置に戻した。著しく腐敗が進んでいるものだけは極力既存の材に近いものを選び、新旧の差異が分かりにくようにしている。労力と手間を惜しまない丁寧な作業を繰り返すことで、建物は見違えるように息を吹き返し、新たな時を刻み始めた。

人を繋ぐ

サテライトオフィスという機能の性格上、どうしても町の外から見知らぬ人が訪れることになり、町人に不安を与えかねない。サテライトオフィスで働いている人達の顔が見えるようになることで、町の人々の不安を払拭できるよう、正面玄関脇の既存増築部分を誰でも使える交流サロンとした。そこは施設利用者だけでなく、町の人たちも気軽に使うことができ、住人と利用者を繋ぐ役割を果たす。室内は石見地方の伝統的な住居形式を手がかりに、屋内空間の約半分を大きな土間へと再構築し、コワーキングスペースとした。その土間に面して4つのオフィススペースと、打合せ室を繋げる屋内縁側を設けた。土間や縁側を介して利用者同士の顔が見え、自然に交流が起こる場になればと期待する。

緩さ

築100年の木造建築ともなると、様々な箇所で歪みや軋みが起こっている。構造体を残し、全体を張り替えてしまう方が工事が簡単であったりするが、それでは新築のような建物となってしまい、そこに留まっていた「時」や「記憶」を置き去りにしてしまう。築100年の建物が持つ、窓の隙間、壁の歪みや床の軋みなどを建物の個性として受け入れる寛容さや緩さが必要だと考えた。改修に使う材には既製品の使用を極力避け、地場の素材をふんだんに使うことにした。オフィスの床は地場産の木板を450角に切り、手作りのOAフロアとしている。土間には山鯨の足跡をモチーフとして、石州瓦の破片を町に人の手を借りて床に埋め込んだ。コワーキングスペースの天井は全て剥がし、外で使えなくなった焼き杉をルーバ状に貼ることで100年間隠蔽されていた構造材を現している。古いがゆえに、2階の床の隙間から木漏れ日のように光が1階の空間に落ちてくる。緩さを享受することで、人の温かみや木の温もり、時間の蓄積を感じる、この場所だからこその建築となっている。美しい美郷の自然と共に時を刻み、新たな物語を作ってくれることを願うばかりだ。

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